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2009年6月 6日 (土)

ターミネーター4

何がきっかけで引き戻されるかはわからないもんだな、と実感。

ターミネーター4。
先行上映を比較的大々的にやっていたので見てみる。色が薄い、セピアな世界、まぁそういう未来像なんだろうと。
SF ではありがちなモノトーンな映像。なんというか、抜けるような青空、のような明るいシーンを見たい、とかなり抑圧された状況になりつつも、まぁ、こんなもんなのかね、等とそれなりに見ていた。

終盤に差し掛かったワンシーン、VAIO の Type U の UX
コイツで何もかも本格的に冷めた。
SONY Picture Entertainment 、大雑把に言って SONY の PC 以外が出てくる可能性はきわめて低いのは見る前から分かりきったことで、この映画で今ある VAIO が出てくるのはこのシーンだけでは無い。「ここで、コレを出すか」と思った瞬間に冷めた。

UX を時間軸に当てはめると15年前のPCを使っている、ガワが昔で中が最新という設定があったとしてもそんな感じ。
UX に先進性が無かったとかそんな事ではなくて、むしろ UX が他にない PC だったからこそ使われた、とは思う。
ただ、ここで ターミネーター4 はあくまでも現実の今の時間軸の先に設定しているような気がして冷めた。

たとえば、DATウォークマン、あり得たけどあり得ないものが出てくるだけで、決して交わることのないよく似た別世界のお話、という意識付けがされたよな、気がつくとそう比較していた。
本編前の予告(DATウォークマンの続き)が流れていた時の危惧、コレを見ている時が今日のピークだったらどうしよう、が現実になったのかなとも思った。

A-10 が飛び回る事に関しては 「へー、A-10、久しぶり」と流していたのが不思議な気もする。

ターミネーター3 の時には、救いがないなという気はしても「”わっか”を繋ぐ」というところで面白いと思った、救いが無い話が嫌いという訳でもないし。
今回の ターミネーター4 は人に勧める時、何か語れ、と言われたらかなり困る。
凄くても面白味に欠ける。

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